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ねねの道

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写真: ねねの道

写真: ねねの道風景 写真: 寺院の塔 龍池山大雲院(銅閣寺)

ねねには、その人柄を思わせるエピソードが数々残されています。
大河ドラマなどでもよく描かれており、現在まで語り継がれています。
有名なのは、秀吉の浮気に悩むねねに、主君であった織田信長が手紙を送った話です。
信長が、家臣の、ましてや妻に手紙を送るということはほとんどないようなことでした。
手紙の内容も、秀吉の浮気を容認するものではなく、「ねねは美しい立派な女性ですよ。
秀吉のようなハゲネズミがねねのような素晴らしい女性を妻にできることはそうそうあることではないのだから、自信を持ってください。」というようなねねを励ます文であったと伝えられています。
戦国時代のような厳しい時代、そして信長のような厳しい性格の持ち主に、このような手紙を送らせたねねは、たいそう良い性格の持ち主だったのでしょう。
この手紙は、現在も名古屋にある徳川美術館に所蔵されています。

また、戦国時代には、家同士の力関係を計り、家臣が主君の家に妻や子どもを人質として預けることがありました。
豊臣家に人質として預けらけた大名の妻や子どもは、ねねが一手に面倒を見ていたようです。
まだ家臣であったころの徳川家康も、三男でのちの徳川二代将軍となる秀忠(ひでただ)を豊臣家に人質として預けていました。
豊臣家に預けられている間に、ねねやその女中から丁重に扱われ、さまざまなことを教わったとして、秀吉がなくなり、豊臣と徳川の立場が逆転してからも、秀忠はねねをたいそう大事にしていたと言われています。
豊臣と徳川は、最終的には敵同士。
秀忠ももちろん豊臣との戦いに参戦しています。
そんな相手からも大切にされるねねは、どんなすばらしい女性だったのでしょうね。

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